前回の記事では、転勤に関する判例を見てきました。入社時に勤務地を限定する契約が無かったり、就業規則や労働協約に転勤があることを明記していれば、業務上の必要性がない、嫌がらせ目的、転勤により従業員の生活に著しい不利益がない限り、法的には転勤は認められることが分かりました。大抵の場合は、OKとなるのです。
ただ、法的に問題なしであっても、転勤には様々な問題が潜んでいることは事実であり、転勤を命じられた従業員は大きな負担を被ることになります。
今回の記事では、社員を転勤させることで起こりうる問題点について考えてみました。
命令を受ける従業員、命令を出す会社、そして社会全体に及ぼす影響と、それぞれ異なる視点から転勤の問題について考えます。
・転勤により従業員が受ける不利益
1.子供の転校など、これまで築いてきた生活の基盤が壊される。
2.単身赴任をすると、費用だけでなく体の負担も大きい。
3.終身雇用が崩れつつあるのに転勤の制度が残ることは、従業員の不利益を増大することになる。
・企業が転勤命令を出すことで被る不利益
1.優秀な人材ほど辞めてしまう。転勤のある会社には人材が集まらなくなるかもしれない。
2.引っ越しや手当など、余計な費用負担が増加する。
3.担当者を変更することで、一時的に業務が非効率になるし、顧客との関係も希薄になる。
4.従業員のモチベーションを下げることはあっても、上げることはない。
・転勤の社会的な問題
1.転勤は専業主婦が前提の制度。現在は夫婦共働き世帯が大半であり、非常に転勤しづらい状況。
2.1億総活躍社会に反する行為。奥さん(あるいは旦那さん)の就業を妨げる。夫の転勤に伴って奥さんが会社を退職する場合、奥さんの会社から見ると業務妨害と同じこと。他社の生産性も下げてしまう。
3.少子化を助長してしまう。
社員を転勤させることの問題点
転勤はどの会社でも、ごく普通に行われています。しかし、今回転勤の問題点やデメリットを考えたところ、希望しない転勤をこれからも続ける意味が分からなくなってきました。なぜなら、転勤は従業員だけでなく、命じる企業側にも、そして社会全体にもデメリットが大きいから。
従業員が受ける不利益
直接的に不利益を受けるのが、転勤を命じられた従業員です。命じられた直後は、ショックで気分も落ち込むことでしょう。そして、様々な実害が襲いかかってきます。
生活基盤の破壊
子供の保育園や学校、両親の仕事、地域のつながりなどなど、会社の外で築いてきた生活の基盤が破壊されます。
マイホームを購入していたら、貸すか売るかしなければなりません。転勤のことを考えると、定年まで家を買えないなんてことにもなります。
今の生活の基盤を守りたいなら、単身赴任するしかありません。大きな困難とともに引っ越すか、家族離れ離れになるか、まさに地獄の二者択一なのです。
中でも子供がかわいそうですよね。小学生にもなると、仲の良い友達がたくさんできていることでしょう。ところが親が転勤になると、何も悪くないのに友達と引き剥がされ、見ず知らずの人の前で転校生を名乗ることになるのです。幸い自分は転校したことはありませんが、友達が転校していくのは寂しかったですし、本人の心の負担は計り知れないほど大きなものだったことでしょう。転勤したら新しい友達ができると言うでしょうけど、それは大人のエゴのような気がします。
単身赴任による余計な費用の負担、体の負担
転勤を受けて単身赴任をした場合、家賃は会社が負担してくれますし、手当ても支給されます。それなら、余計な費用は必要なさそうです。
ところが、単身赴任の経験のある周りの社員に聞いたところ、手当ての額では到底足りりず、結構持ち出しがあったということでした。会社によって額は異なりますが、うちの会社で聞く限りそんな答えが返ってきます。
単身赴任は一家が2カ所で生活するということであり、それぞれに住居費だけでなく、光熱費や食費などの費用がかかります。家計からすると、非常に無駄の多い状態です。
ある社員は、管理職でありながら大阪から広島へ転勤となりました。ちょうどお子さんが大学生で、お金のかかる時期でした。そんなのお構いなしに、転勤は命令されます。お金を節約するため、その社員は月4万円以内で生活することに決めました。というより、奥さんからそう命令されたようです。家賃は会社から出ますが、光熱費や食費などを含めてすべてを4万円以内に収めなければなりません。当然その単身赴任の生活は、質素でみじめなものになります。一部上場企業の課長職なのに、バイトの大学生よりもお金の無い生活をせざるを得なくなったのです。
家に帰るには、月一回分しか交通費の出ない会社が多いでしょう。もし毎週帰るのなら、自分で費用を負担しなければなりません。
グループ会社のある社員は、東京から大阪に転勤となり、単身赴任を選択しました。しかし、子供がまだ幼いので、毎週土日は東京のマイホームで過ごすことにしました。月1回は会社からお金が出るので、新幹線を利用することができますが、他の週は料金の安い高速バスを利用します。日曜日の夜に東京を出発し、月曜の早朝に大阪に着いて出社するというスタイルを毎週続けていたのです。
毎週毎週そんな生活を続けるって、かなり大変なことです。頭が下がります。体力的な負担も相当なものだったでしょう。
単身赴任すると、家計だけでなく、体にも負担となります。食生活も家族と一緒の時と比べて、偏りがちになりそうです。
年功序列、終身雇用の終焉
リストラのニュースを良く見かけるようになりました。数千人規模で早期退職を募集する企業もあります。2019年には、黒字リストラという言葉も話題になりました。業績が落ちる前に、人員を整理するのです。以前ではなかなか考えられないことでした。
そう、終身雇用は終わりつつあります。大企業の集まりである経団連も、維持できないと明言しています。
しかし、終身雇用とセットであるはずの転勤をなくす動きは、あまり見られません。終身雇用ができないのなら、望まない転勤もなくすべきです。
転勤した社員は、給料が増えたり、終身雇用が約束される訳ではなく、当然リストラの対象となることもあります。アメとムチの、アメはどんどん減少しているのに、ムチは減りそうにありません。従業員の不利益がどんどん大きくなりつつあります。
企業側が抱える問題点
転勤を命令する企業には、メリットしかないように感じますが、よく考えるとデメリットも大きそうです。企業側から見た場合の問題点を考えてみましょう。
優秀な人材の流出
転勤の命を受けた従業員は、当然転職することも選択肢に上がってきます。優秀な人であれば、転職も容易でしょうから、すぐに辞めてしまうかもしれません。
そもそも、最近の若い人って地元志向が強いですし、自分の生活を大切にする傾向があります。転勤の可能性のある会社は、最初から選ばれないなんてこともあるでしょう。
転勤の制度があることで、将来的にいい人を採用しにくくなるかもしれません。
余計な費用の増加
社員を転勤させるには、当然費用が発生します。転勤時の引越し費用は当然会社負担です。単身赴任なら、家賃や手当てを支給しなければなりません。家賃が月6万円で、手当てが3万円とした場合、年間で100万円近い費用負担が発生します。さらに月1回の帰省費用が必要です。初年度は引越し代やその準備金を含めると、200万円近い負担になります。
現在自分は新幹線で通勤しています。新幹線の定期ってかなり高額です。当然自分で負担することはありませんし、会社から定期代を支給されています。この定期代だけで、年間150万円近い金額がかかっています。それに通勤費が大幅に増えることで、労使折半である社会保険料も増加します。もちろん自分の手取も減りますし、会社の負担も増えているのです。
こうした費用は、転勤がなければ発生しなかった費用です。企業は常に転勤を実施しますが、一人動けば年に100万円近いお金が追加負担としてのし掛かるのです。
それなら転勤させる代わりに、モバイル環境やリモート環境、RPAなどのIT投資に資金を振り向けた方がよほど業績の向上に役立つような気がします。
通勤費と社会保険料の関係については、こちらの記事も参考にどうぞ。
業務の非効率化
転勤したなら、心機一転新天地で頑張らなければなりません。まずやらなければならないのが、業務の引き継ぎであったり、その内容を覚えることです。せっかく異動する前の業務に通じていたのに、またよちよち歩きから開始です。転勤先の前任者も配転しているので、似たような状況に陥っているはずです。
誰でも行けばその日から100%に近いくらい作業ができるほどシステム化されていれば問題ないのですが、日本の企業は結構属人的に動いている部分があり、作業内容を時間をかけて覚えるという行為が必要となります。
また、営業マンが異動する場合、顧客との繋がりが薄くなる恐れがあります。担当が変わる際には、前任者と挨拶に訪問します。ただ、短い引き継ぎ時間の中でたくさんの顧客に行かなければならないので、どうしても会うのは代表的な担当者だけで、普段はあまり会わないけど多少の接点のある人までなかなか挨拶できません。その時点で関係が切れてしまう恐れがあります。紹介してもらえなかった人が、キーパーソンかもしれません。
そうじゃなくても、前任者がせっかく関係を構築していたのに、また一から信用を得ていかなければなりません。
一人の従業員がずっと同じ業務を担当している訳にもいきませんから、いずれは変更せざるを得ないのは当然です。しかし、担当者の変更には様々な非効率が伴います。一時的であれ生産性は落ちますし、顧客との関係も薄らぎます。企業は数年置きに担当を変えたがりますが、本当にそれが必要なのか改めて検討する必要がありそうです。
社員のモチベーション低下
転勤ってショックですし、できれば受けたくないものです。しかし、非情な転勤命令が下されました。奥さんは正社員で働いているし、子供の学校のこともある。単身赴任しかなさそうです。なんで家族が離れて暮らさなければならないのか。このクソ会社がっ!ってなりますよね。
自分も単身赴任になんかなったら、確実にエンゲージメントは低下するし、やる気がなくなる自信があります。どんな自信なんだって感じですが。
毎日子供とコミュニケーションを取りたいですし、取れない環境なんて考えられません。まあ、中学生にもなれば、コミュニケーションしたくても拒絶されるようになるんでしょうけど。そうなれば、単身赴任も考えなくはないですが。
社員のエンゲージメントを高めるのに、いつ転勤になるか分からない会社と、転勤の不安がない会社、どちらが有利なのでしょうか。
社会的な問題点
転勤の悪影響は、転勤の命を受ける従業員だけでなく、企業そして社会全体へと波及します。社会的な背景が大きく変化しており、もはや転勤は時代遅れであると言えます。
夫婦共働きが大半
転勤は言わば、昭和的な家族の形態を前提とした制度です。確かに昔は、夫が働いて、妻が家庭で家事子育てをするという専業主婦世帯が多数派でした。奥さんは外で働いていないので、夫の転勤に着いていくということがしやすい環境であったのです。
ところが平成になると、女性の社会進出も活発になったことから、夫婦共働き家庭が増え始めました。今では大半の家庭が夫婦共働きであり、専業主婦は少数派です。
共働きが増加する背景としては、女性の社会進出が進んだことも当然その理由ですが、日本人の可処分所得が減り続けているのもその理由の一つです。
共働きであるということは、もし夫が転勤となった場合、単身赴任するか奥さんが会社を辞めるしかありません。
今の日本人は、非常に転勤しづらい状況にあるのです。
詳しくはこちらの記事もご覧ください。
一億総活躍に反する行為
転勤を命じられるのは、男性社員が多いでしょう。夫婦共働きが多いですから、大抵の奥さんは別の会社で雇用されています。夫の転勤に伴って、奥さんが会社を辞めざるを得ないという事例が数多くあります。小さい子供を育てている家庭だと、単身赴任という選択肢はなかなか取れないでしょう。
奥さんの方が給料が多いということであれば、旦那さんが会社を辞めることも選択肢となります。しかし、男女間の賃金格差がかなりある状況なので、そんなことができる家庭は限られます。これも日本社会がダメな点ですよね。
以前テレビ番組でサイボウズの青野社長がこのように発言されていました。「女性社員に辞められる会社からすると、業務妨害だ。」せっかく業務の経験を積んだ優秀な社員が、他社の都合で辞めてしまうのです。業務効率が落ちることになり、それは大変迷惑ですよね。
つまり、転勤は女性の社会進出を妨げるだけでなく、社会全体の生産性にも悪い影響を与える行為なのです。
少子化を加速させる
子供をもう一人と考えていた家庭に、転勤の魔の手が押し寄せてきました。単身赴任となると、ワンオペの育児となりますので、もう一人という夢は諦めざるを得ません。
また、一緒に赴任するにしても、もともとが実家に近いところに住んでいたのであれば、子育て環境が悪化することになります。
社会全体で考えると、転勤は少子化の要因の一つとなっているかもしれません。 子育て中の世帯からすると、子育てを妨害されるような感覚になりますよね。
まとめ
以上転勤に関しての悪口を書いてきました。確かに転勤は従業員の生活を破壊するような行為であり、命じられる従業員からするとたまったもんじゃありません。どの会社も転勤の内示のある日って決まっていると思いますが、その日の地に足のついてないような感覚って、毎度のことですが嫌なものですよね。
今までは転勤は当たり前のものとして、まるで罰ゲームのような感覚で受け入れていましたが、よくよく考えてみると多方面にデメリットの多い制度でもあるのです。
年度末になると、まるで義務を履行するような感じで必ず人事異動が発せられますが、本当にその異動必要なのか?というようなものも散見されます。
色々と社会も変化しているので、転勤も時代遅れになりつつあります。頑なに転勤制度を続ける会社は、いずれ行き詰る時が来るかもしれませんね。
前回の記事です。転勤の法的な根拠について調べてみました。過去の判例から、転勤は基本的にはOKなのですが、条件によっては認められません。
これからは転職も当たり前。いざという時に備えて、転職サイトに登録しておくのもありでしょう。