住のもの (すのもの)

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時間の無駄?迷惑?年末年始の挨拶回りという呪いにかかる営業マン。

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いよいよ師走。色々とバタバタする時期です。

そんな師走の時期になると、サラリーマンにかけられている呪いが効果を表し始めます。その呪いにより、特に営業マンはソワソワします。

その呪いとは、「挨拶の呪い」。カレンダーを手に、あちこち顧客を回りたくなります。回らなければという思いが押し寄せて来るのです。ただただ、挨拶のために。

今年はコロナ禍の師走。なるべく訪問は控えた方が良いはずですが、この呪いはかなり強固にかかってしまっているようです。

うちの営業所は、関西の事業部に属しており、トップは大阪にいます。寒くなってコロナが再拡大しつつあるなか、アポを取るよう指示がありました。コロナなんて、お構いなしです。もちろん多少の心配はあるのでしょうけど、挨拶への義務感が打ち勝ってしまうのです。「今年は行かん方がいいから、よろしく言っといて。」これで済むはずです。こんな時期に大阪から地方へ来るなんて、逆に非常識と感じるお客さんもいるかもしれません。

まさしく呪いです。社歴が長くなるほど、そして偉くなるほど、その呪いは強くなるようです。なぜ無駄な挨拶を続けるのか、挨拶ってやめられないのか。今回は、年末年始の挨拶について考察したいと思います。

 

この記事の内容

・年末年始の挨拶回りをやめられない訳

・顧客の立場から、挨拶回りの無駄を検証

・メールでいいじゃん

 

 

 

 

無駄とは分かりつつもやめられない年末年始の挨拶周り

営業マンの心理からすると、やめるにやめられないというのが実情でしょう。

挨拶に行く目的は、売上をキープして、さらなる売上増を目指すため。営業マンとしても、忙しいのにわざわざ時間を取って、挨拶に行くなんてめんどくさいのです。できることならやめたい。本当に効果があるのかどうか。

しかし、効果は限定的と分かりつつも、やめられません。

長年続いた年末年始の挨拶という慣習。思い切ってやめたらどうなるでしょう。

こっちはやめても、ライバル社は普段と変わらず挨拶に行くかもしれません。だとしたら、顧客からあそこの会社は挨拶に来たけど、お宅は来なかったと思われかねません。今後の取引に影響でもしたら大変です。

だから、年末に挨拶に行きますし、年始にもまた行くのです。まあ、イベントというか、サラリーマンのお祭りみたいなもんですよね。年末に会ったばかりなのに、約1週間後の年明けにまた挨拶するって、なんだか滑稽ですよね。

実際のところ、顧客は何とも思ってないかもしれません。逆にわざわざ来なくていいのに、と思っている人も大勢いるでしょう。

しかし営業マンは、挨拶に行かないことで悪い結果となるかもしれないという恐怖を感じ、結果として形だけの挨拶が継続されていくのです。

クールビズの時のように、社会が一斉に変化するような事態にもならない限り、この慣習が無くなることはないでしょう。社会を大きく変えたこのコロナ禍でも、挨拶の呪いだけは祓うことができないようです。

 

挨拶を受ける側から、その無駄さを考えてみる

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自分は営業なので、挨拶をする方の立場です。挨拶を受ける側ではないので、実際のところどのような感情を抱くのかは分かりませんが、発注担当者の立場に立ったと想像し、挨拶の無駄さを考えてみます。

まず、年末年始の挨拶って、アポ無しで来ることが多いです。ちょっと挨拶するだけなんだから、アポなんていらないでしょという感覚で訪問するのです。

受ける側からすると、いつ来るか分かりませんし、来るだびに作業の手が止められてしまいます。師走の時期はただでさえ忙しいのに、たまったもんじゃありません。

取引先の多い会社だと、業者が列をなして訪れます。挨拶だけに時間が取られ、大変めんどくさいでしょう。何か同時にいい提案でもあればいいですが、後もつかえていますので、あまり時間は取れません。結局ただ挨拶と何気ない会話で終始します。

各社カレンダーを持ってきますが、そんなにたくさんカレンダー要らないし、家では掲げません。スマホで十分です。もらったカレンダーは社内で分けて欲しい人が各自持って帰りますが、売れ残りは申し訳ありませんが捨ててしまいます。

最近は、挨拶の拝辞を明言している会社もあります。年末年始じゃなくても、ただただ上司を連れての挨拶は、来ないでくれというお客さんが増えています。良かれと思って挨拶に行きますが、される側からすると、時間の無駄以外の何者でもありません。

そして、年が明けると年始の挨拶でまた来ます。お前この前挨拶したばかりだろなんてことを思いながら、ニコニコよろしくと返事をします。

年末に挨拶したばかりなのに、年明けもまた来るって、もうアホですよね。こんなしょうもないことを、ずっと慣習として続けてきたのです。

挨拶を受ける方も受ける方で、賀詞交換会という謎イベントを開催します。取引先を一堂に集めて、名刺交換会を行うのです。取引先も呼ばれたからには仕方なく行きますが、これに参加するメリットが何もないことはみんな分かっています。不特定多数が名刺交換しても、誰も覚えていないでしょう。近頃は実施しない企業も多くなりましたが、地銀など古い体質の企業は来年も開催するようです。

そもそも年末年始の挨拶にしろ、賀詞交換会しろ、どの会社が挨拶にきて、どの会社が来ていないのか、一々覚えているのでしょうか。

年末の挨拶については、正月のお酒がほぼ記憶を消してしまうでしょう。年始の挨拶にしても、成人の日の3連休がありますし、1週間も経てば挨拶など無かったことになりかねません。

顧客の目線で考えてみたところ、なんだか挨拶なんて行かない方がいいんじゃないかという気持ちになってきました。

 

挨拶はもうメールでいいんじゃないかと思う件について

出向いて行く必要性がないですよね。年末年始の挨拶は、古くからの慣習です。初詣みたいなものです。わざわざ赴くことに意義があると考えられてきましたし、まだまだそのような考えを持った人は大勢います。

ただ、その意義って結局はモノを売る側の都合。決してお客さんの都合ではありません。挨拶に来たかどうかなんてどうでもいいことでしょうし、どちらかというと迷惑です。

しかし、挨拶しないと営業マンの気が収まりません。呪いにかかっているから。

冒頭でも書いたように、こんな状況の中、わざわざ大阪から岡山そして広島へと挨拶のためだけにやって来るのです。詣でてなんぼの感覚なのでしょう。

しかし、挨拶すること自体は否定しませんし、日本の文化の良い面でもあります。顧客へ日頃の感謝を伝える良い機会です。その感謝を伝えるはずが、迷惑になったら本末転倒です。

わざわざ会いに行かなくても、メールでOKでしょう。受け取る側も、好きな時に見ればいいですから、時間を奪われません。

仕事が終わって、さあ帰ろうというタイミング。「今年もお世話になりました」という件名のメールを開きます。心温まる瞬間です。ついでに商品の紹介も書いといてもいいでしょう。挨拶で短い時間訪問するより、よっぽど効果的な気がします。

えっ?開封されないって?挨拶行くくらいの関係なら、見てくれるはず。

とにかく無駄な慣習を無くす、あるいは簡素化しようという目的なので、まずは変えていくことが重要です。

 

 

まとめ

12月も半ばになり、せわしない日々が押し寄せてきます。そんな年末年始のイベントといえば、クリスマスやお正月。いえいえ、サラリーマンにとってさらに大事なイベントがあります。そう、挨拶回りです。

ただ、今年はいつもと事情が違います。コロナ禍の最中であり、GoToキャンペーンの一時停止も決まった中での年末年始です。

そんな中でも、挨拶回りには強い義務感が働くようで、上司同行で挨拶回りをする日程を調整するよう、いつも通りの指示がやってきました。今年はやめとこう、とはなりません。こんなことにふと疑問を感じたので、この記事を書くことにしました。普段なら何も考えずにカレンダーを配り歩いたところですが、一度立ち止まって考えると、かなり無駄なことをしているなと思えてきたのでした。

不特定多数の人々が、短い期間内に数多くの顧客を訪問する挨拶回り。GoToが批判されるなら、この挨拶回りもどうなんだという気運になるべきなのでしょうけど、恐らく社会的に地味なので話題にもならないのでしょう。

挨拶回りが本当に必要なのか、今年は改めて考えてみるのいい機会なのではないでしょうか。