住のもの (すのもの)

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森氏の発言もたいがいだが、世の年配サラリーマン男性が持つ男尊女卑感がヤバい。

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森さんと言えば失言。そう元首相の森さんです。首相時代は、連日のように失言が取り上げられていました。五輪組織委の会長になったときから、「何か失言が飛び出すのでは」と思っていた人も多かったのでは?案の定でした。

最近のテレビで映る姿は、首相時代のふっくらした感じもなく、五輪が延期となってからというもの、手に巻かれた包帯と相まって、なんだか可哀想な感じが漂っていました。

だけど、言ってはいけないことは言ってはいけないのであり、発言の根底には前時代的な差別的な考えがあることが露呈し、大きなバッシングを浴びることになりました。

実際のところ、そんな男尊女卑的な考え方って、職場という身近な場面でもしょっちゅう目にします。特に60代より上の世代の男性において、結構このような思考をする人が多いと実感しています。

身近にあった事例を紹介し、その原因について考えてみたいと思います。

 

この記事の内容

・森氏の発言について

・森氏に限らず、年配のサラリーマン男性も似たような意識を持っている人が多い。例えば内勤の女性社員を総じて「女の子」と言ってしまう。

・そのような意識の背景には、昭和的な働き方があるのでは。

 

 

 

 

森氏の炎上。ことの経緯。

五輪組織委員会の理事会でどういうやりとりがあったのかは分かりませんが、記者会見で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」なんて発言し大炎上を巻き起こしました。

個人名を対象とした発言であるなら、ここまでの問題になっていないと思われます。しかし、森氏は「女性」を主語としました。「女性は重要な場面にいるべきでない」といったニュアンスで捉えられます。当然女性差別的と受け止められるでしょう。

主語を「女性」としてしまったのは、森氏の意識の根底に男尊女卑的な感情が横たわっているからであると思います。限られた講演会では問題にならなくても、平和と平等の祭典である東京オリンピックのトップとしてそんな発言をしたら、大問題となるに決まっています。現に海外メディアからも、辞めるべきだと書かれてしまう始末です。

首相時代から、様々な失言を生み出してきました。森首相時代は、2000年代初頭にかけて。ミレニアムやITバブルに沸いていた時期でした。当時自分はまだ高校生。テレビで連日のように森首相の失言が報道されていたのを記憶しています。確か支持率もめちゃくちゃ低かったですね。

有名な失言といえば、日本は神の国発言。昔の軍国主義を想起させるのか、大変なバッシングを浴びました。

そして当時はITバブル。日本中でIT革命が叫ばれました。そんな時飛び出したのが、「イット革命」。よく分からないITなるものを軽視する姿勢が見え隠れします。漠然とした「イット」ではなく、真剣にIT革命に取り組んでいたら、今の日本の状況は結構違っていたかもしれません。

首相退任後も失言は続きます。これまた有名な失言といえば、「あの子、大事な時には必ず転ぶ」です。ソチオリンピックの浅田真央選手に向けた言葉です。期待の裏返しなのかもしれませんが、アスリートに対してこんな発言をする方が東京五輪のトップに就任しているのです。なんだかなーって感じですよね。

 

 

年配の社員は、「女の子」という

「男の場所に、女がはいってくるんじゃねぇ」

森氏に限らず、このような女性を蔑視する思考を持った年配の男性は少なからず存在しています。

うちの会社にも。だいたい60歳前後より上の世代ですね。顧客と電話をしているのか、オフィス中に聞こえるデリカシー皆無の声が響き渡ります。「それじゃ後で、女の子から連絡させますので」。

この「女の子」には、以前から違和感を抱いていました。「女の子」ってなんだ?

確かに営業のアシスタント担当は、女性社員であることが多いです。でも「女の子」は無いですよね。「アシスタントの○○」や、せめて「事務の担当」と言うべきでしょう。

この「女の子」という言い方。結構一般的です。ある顧客企業の担当者へ、頼まれていた書類を持参しようと連絡した時。「その時間は出てるかもしれんから、女の子に渡しといて。」出ました「女の子」。やはりシニア社員です。

人物を特定するために性別を用いているのではなく、明らかに「内勤のアシスタント」=「女の子」です。女性の店員に、「店員さん」ではなく「ねえちゃん」と声をかけるのと同じ感覚でしょうか。

そこには、営業といった大事な仕事は男がやるもんで、女性はアシスタントをすれば良いというような、女性への差別的な感情が働いていることは明らかです。

営業アシスタントという役割は結構重要で、顧客の細かいところまで知っておかなければなりません。顧客も頼りない営業より、アシスタントに問い合わせをします。その方が話が早いですから。下手な男性営業よりよっぽど会社に貢献しているはず。

日本はおじさん社会。管理職に女性が占める割合は、先進国の中でもほぼ最下位です。象徴的なのが日本経団連の顔ぶれ。見事におじさんしかいません。日本を代表する企業のトップに女性がいないということ。ヤバいですよね。

また、会社によっては、未だに女性だけ同じ制服というか事務服を着ています。あれにも違和感を感じてしまいます。男性社員は自前のスーツ。女性はみな画一的な事務服。なんだか差別的に感じてしまいます。

内勤の女性社員を「女の子」と言うことと、この画一的な事務服には、共通するものがありそうです。

大企業は、画一的な事務服なんてとっくの昔に廃止している企業が多いです。うちの会社も10年以上前に女性社員の制服は廃止されました。未だに着ているのは、地方の中小企業に多い気がします。考え方が進化していないのでしょう。

 

 

女性を軽視する背景には、昭和的な働き方が?

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奥底には家父長制のような「男が偉い」という文化的要因があるのでしょう。 かつて女性には参政権が認められていないなど、男性が優遇されてきました。日本で女性の参政権が認められたのは、なんと戦後。1945年のことでした。結構最近のことなんですね。

1981年に国連で女子差別撤廃条約が発効されました。それを受け1985年に男女雇用機会均等法が施行されています。

歴史的に見れば、もともと女性の社会的地位は低く、様々な運動の中で権利を獲得してきました。

このような歴史的な背景があるとは言え、年配サラリーマンの男尊女卑感情って、もっと別の要因があると思っています。それは、終身雇用を始めとする日本の働き方。「24時間働けますか」的な、昭和な働き方が影響しているのではと考えます。

終身雇用は、雇用が保証される代わりに、生活の大部分を会社に捧げる制度。長時間労働が当たり前。高度成長期の様子を報じたニュース映像では、夜の11時からタバコ片手に会議を開始していました。今考えると、異常な働き方です。

そんな働き方が必要であるなら、妊娠や出産といったイベントのある女性にとっては、必然的に厳しい雇用環境となります。男性中心の社会とならざるを得ませんでした。

男性が外で働き、女性は家庭で家事育児。専業主婦世帯が当たり前となりました。実はこの専業主婦。一般的になったのはそれほど古くなく、1950年代から。日本の高度成長に伴って広がった制度なのです。それ以前は、家事や育児のみをする女性は一般的ではなく、女性でも当然のように家計の収入を得る仕事に関わっていました。男性が過酷な長時間労働を強いられる状況では、女性が支援する立場つまり専業主婦となるのが合理的であったのです。

とは言っても、学校を卒業した女性がいきなり専業主婦になる訳ではなく、一旦は企業へ就職します。しかし、今でこそ産休や育休が一般的ですが、一昔前まで女性は結婚を機に退職するのが普通。いわゆる寿退社です。子育てが一段落したら、パート等でふたたび仕事を開始します。女性の年齢別就業状況を表したグラフは、M字カーブとしてよく知られるところです。子育て世代の就業数が落ち込むのです。

このような就業状況が一般的であるなら、どうしても女性が任せられる仕事内容は限定的にならざるを得ませんし、賃金も男性に比べて低くなります。いわゆる「女の子」的な内勤の仕事が、女性の主な仕事となったのです。

うちの会社でも、今でこそ女性の営業がバリバリ働いていますし、かなり優秀な成績をあげる人も多いです。しかし、現在60歳前後の方が新卒で入社した頃、女性の総合職や営業担当はほとんど皆無でした。年齢層が高まるほど、女性社員はいなくなります。

その当時の感覚を今でも引きずっているのでしょう。昭和的な労働環境を経験した世代は必然的に男尊女卑な感情を持ってしまうであり、若い時に醸成された考え方はそう簡単には変化できません。世の中は確実に良い方向へ変化していますが、個人の考え方は結構強固なようです。

 

 

まとめ

森氏のニュースを見て、既視感を覚えました。結構身近でもあるよなあと。

身近に見る男尊女卑な事例について、その背景などを考えてみることにしました。

今でこそ女性の総合職や営業って普通のことですが、一昔前は珍しいことでしたし、未だに経営層は女性の割合が少ないです。そもそも、国会議員も女性が少ないですよね。

女性の社員ってかなり優秀な人が多い印象。男とか女とか関係なく、優秀な人が活躍できるようにするべきで、ただ男であるというだけで優遇されるというのは、社会全体にとって損失であると思います。